Part3(1月19日+トンネル閑話)

2001年1月19日(金)
前日の続き。 雪は時間を追うごとに激しくなってきた。でもここで中断はできない。かすかな記憶を頼りに前へ進むことにした。これまで降った雪に新雪が加わり、もうどこまでが道だったかなんてわからない。立っている木さえも目印にならないのだ。
「とにかく行こう!」
僕らは冷え切った体に鞭打ち、道なき雪原をとにかく前へ前へ進んだ。 しばらく歩くと傾斜がきつくなり、スタッフみんなで声をかけあった。雪で隠れてはいるが実は崖だったりするからだ。 こんな低い傾斜でまさか雪崩の心配はないだろうが、それでもちょっと緊張する。 一歩一歩踏みしめながら、何も考えないでとにかく足を前に進めることしか考えない。一歩、そしてまた一歩・・・・。瞬く間に時間は過ぎていった。


八甲田山さながらの行軍の結果、なんとか目的地のとうもろこし畑が見える場所まで辿り着くことができた。でも、振り返ってみると随分遠回りした気がする。あとでわかったことだが、我々が歩いてきた道は実は道があった所ではなく、勝手に道だと思って歩いてきたことがわかった。 とうもろこし畑の中を突っ切り、とうとう小松倉の集落の見える所まで辿り着いた。 計2時間半の雪中行軍だった。 スタッフの顔に安堵の表情が浮かぶ。でも同時にちょっとした達成感も感じていたの ではないかな・・・。


小松倉の全景は実によく見えた。雪の積もり具合といい、降る雪の感じといい申し分ない。実にいいカットが撮れたと思う。スタッフもみな満足げだ。ふと、昔、先輩ディレクターにいわれた言葉を思い出した。
「いいか、橋本。現場では汗をかけ。汗は映るんだ。汗をかいてないカットは人を感動させることはできない。汗をかいてないカットはおのずと見る人間にわかってしまうもんなんだ・・・。」
・・・ハイ、先輩、十分汗かかせていただきました・・・・・・・・。


小松倉の集落まで戻り、缶コーヒーで体を暖める。足の先などもう感覚が麻痺してしまっているようだ。 六太郎さんの所に借りていた道具を返しがてら、顔を出すとびっくりしたような安心したような顔で僕らを迎えてくれた。
「あれー、大丈夫だったかや。心配したに。ほれ、上がらっしゃれ。ほれ。」
なんと昼飯の支度までして僕らの帰りを待ってくれていたようだ。あったかい白飯と 味噌汁、それにモツ鍋をごちそうになりながら、六太郎さんに今日の雪中行軍の一部始終を聞いてもらった。
「いやー、本当に行くとは思わんかったに。いやー、たいしたもんだ。うん、たいしたもんだ。」
六太郎さんは妙に嬉しそうだ。しきりに、ごはんのおかわりを勧めながら何度も何度も僕らの話にうなずいてくれる。 これで少しは撮影隊も村の人たちに認めてもらえたかもしれない。僕はスタッフと楽しそうに話す六太郎さんの姿を見ながらそう思った。

─ここでちょっと「トンネル閑話」─
「撮影隊とメシ」
スタッフにとってメシ(なぜかカタカナなんですよね)は、なににも増して大事なロケの楽しみである。しかるして、ロケマネも兼ねる私こと橋本はその楽しみをスタッフ に享受してもらうために日夜、涙ぐましい努力を続けている。 どこどこにおいしい蕎麦屋があると聞けば飛んでいき、そういえばあそこの定食はうまいと聞けばやっぱり飛んでいく。 自炊がほとんどのこのロケだが、時間の都合やその他の事情で外食せざるを得ない状況の時もあり、そういった時に「どうだ!」という店の持ち駒を持っているかどうかがスタッフの尊敬を勝ち取れるかどうかの大事なポイントだ。

「ごはんや」も実は偶然見つけた店だった。撮影で訪れている山古志村の隣の広神村に「ごはんや」はある。・・・「ごはんや」。 なんという愚直な名前、感動的ですらある。 この店は以前、この映画の企画プロデューサーである、山岸さんに入広瀬村へ連れてってもらった時になんとなく目にし、いつか食べに行ってやろうと思っていた店だった。 初めて入った時の感動は今も記憶に新しい。ここで食べた「刺身幕の内」の素晴らしさはショックですらあった。市場で毎日仕入れてくる新鮮な新潟の魚をふんだんに使ったこの定食はこの店の人気メニューであり、主人のこだわりの一品である。 海老入りのダシの効いた味噌汁、米はもちろん北魚沼産こしひかり、刺身以外のおかずもついてなんと800円。おい、嘘だろと思わず叫んでしまいたくなるほどだ。 おまけに刺身は最低5種類はついているのだ。 東京じゃ、絶対1500円は取られるよー! いや、ホント・・・。

「ごはんや」の感動を皆で分かち合いたいと思っていた僕はいつかスタッフを連れて行こうと思っていた。 そして遂にそのチャンスを得た僕はスタッフを引き連れて意気揚揚と「ごはんや」へ向かった。 そこで事件は起こったのだ! 助監督の北原はよく食べ、よく眠る、健康優良児のような男である。その北原があるメニューを 頼んだ時にその驚愕の事件は起こった。 写真を見てほしい。なんだと思いますか?これはまぎれもなく定食です。



そう、この定食こそ我々を驚かせた・・・・・「わらじ定食」なのです。 わ、わら じ!? なぜ、わらじなのか?おわかりになりますか?そう、そうなのです!カツの大きさが「わらじ」 と同じ大きさだから「わらじ定食」なのです。 わらじと名のつく限りは大きさはわらじと同じでなければならないと考えるあたり、 正直者の新潟県民の気質を象徴してるようで思わず苦笑してしまうが、煙草の箱の大きさと比べた写真を見てもこの定食の凄さはわかる。 おそるべし、ごはんや。刺身幕の内で玄人を唸らせたかと思えばこうして冗談のようなメニューを真顔で出したりする。そういえば、北原はここでカレーを頼んでわらじとはまた違ったインパクトを受けてもいる。10倍辛いカレーなのだ。北原がこのカレーを頼んだ時、主人は厨房の奥でニヤリと笑ってこう言った。「食べられないからやめときな(笑)」 この職人芸と冗談が混在しているところが実は「ごはんや」の魅力なのかもしれない。 あー、おそろしや、ごはんや・・・。でも、ごはんやの不思議な魅力に魅了されてしまった僕らはたぶん次のロケでもおそらくここに来るんだろうなあ・・・。

←戻る   次へ→

>KAWASAKIしんゆり映画祭 TOP >映画人ING TOP >「掘るまいか」TOP