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開催日:2013年10月10日(木) ゲスト:広田奈津子監督 司会:寺田裕実子(映画祭スタッフ)
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©カンタ!ティモール制作委員会

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観客5:2時間弱の映画、長いとおっしゃいましたが、全然長く感じなくて、非常に興味深く観させていただきました。私はドキュメンタリー映画を比較的多く観ているんですが、何が一番ドキュメンタリーを観る私のエネルギーになるのかというと、やっぱり世界は広いですから、知らないことを知る、ということですよね。なかなか現地に行ける人たちは限られていますので、そういう、自分が生きていく中で、自分ではとても知り得ないことを知らせていただけるということで私はドキュメンタリー映画が非常に好きなんですね。今回も、いろいろな世界の情勢を知っているつもりでいたんですが、この東ティモールのことは本当に詳しくは知りませんでした。そういう意味でも、本当にお若いのにああいったところに身体一つで行かれて、これだけの映画を作られた監督を本当に素晴らしいと、私は思いました。で、いくつか質問があったのですけれども、今質問された方の中で解決した部分もありまして……一つは、ティモールがどういった言語を使っているのか全然理解できなくて、でも現地の言葉であるとわかったんですが、それに対して、付けらていた字幕は監督ともう一人の方が作られたんでしょうね?
広田監督:編集は助監督に助けてもらいながら私一人でやりました。
観客5:そうですか。その日本語に訳されていた言葉一つ一つが、非常に詩的で素敵な言葉だなと印象に残っています。自分たちの生活、これから生きていく自分の人生の中でもすごく大切な言葉がたくさんあったので観て良かったなと思いました。それと同時に、やはり日本がいかにひどいことをしているのかということをやはり、改めて強く思いました。映画でも触れられていましたが、インドネシアが悪いのではなくて、そこを支えているもっと大きな国に問題があるということを言っていましたけど、そういったことをやはり、その一つが日本じゃないですか、それを私たちがあまりに知らなさすぎる。マスコミも含めて一切報道しない。報道しないということは、別にこのティモールのことだけではなくて、わたしたちの知らされていないことって今、世の中にものすごくたくさんあるじゃないですか。これを含めて、政府の政策なのかもしれませんが、知ってしまった私たちは、その知ったことをこれからどう生かすのかということを、きちんと考えていかなければいけないなと思っています。どうもありがとうございました。
広田監督:ありがとうございました。
 
観客6:私は一年半ぐらい前、友達からぜひ『カンタ!ティモール』の映画を観てほしいと言われ、たまたま去年は観ることができず、今日は、富山からはるばる来て。結構遠かったんですけど、でもどうしても今日観たいなと思って、たまたま仕事もお休み取れて来れたんです。今日、映画を観て、(監督に)お会いすることができて、本当に夢のようです。でも、映画を観ていく中で、すごく何か、国の経済的発展と心の豊かさのようなものは違う、というのを自分の中で思っていたんですね。やっぱり人間って欲を持ってしまうと「もっと、もっと」というのがすごくあると思うんですが、やっぱり自分は、ある中での幸せをすごく感じられることだったり、自然のありがたみや、現地の人も言っていたように、森や自然を敬って、人と人のつながりを大切にしていくことってすごい大事だなって改めて思いました。本当に、今日はこの映画を観せていただいて本当にありがとうございました。
広田監督:ありがとうございます。何人かがおっしゃってくださったことを、私も現地で深く感じました。もちろんティモールは氷山の一角で、まだまだ報道されていないこともあり、そして対象が人だからこれだけ大きなニュースになるけれども、対象が動物や森だったら全く破壊されるまま、ということもあって。私はティモール島で人に話を聞くうちに、この破壊を起こしている正体は何だろうと考えるようになりました。報道では紛争のことを、宗教観の争いであったり、政治的な意見が合わずに、などと書かれることが多いですが、多くの紛争地を注意深く見ていくと、本当は宗教などではなく、経済問題が関わっているわけですよね。お金になる資源がそこに眠っていることが明らかに多い。ということは、その戦争を起こしている原因の根本的なところに経済活動があって、先進国と呼ばれる国に住む私たちの生活があるわけですよね。じゃあ、その生活を送ってしまう根本に何があるかというと、私は「恐れ」じゃないかなと思うんですね。満たされる、自分の中から満たされる、安心していく、で、本当にやるべき仕事を、本当に魂から納得した仕事をしていける。そうすれば、その先では、ティモールの方も言っていた「平和とは暮らし」というその言葉通り、ティモールのティの字も知らなくても、おそらく海の向こうの誰かを泣かせるようなことにはつながっていないと思うんですね。で、じゃあ、いろんな自分の心に来る恐れ、不安、未来への不安、許せない過去、そういったものとどうやって向き合っていくかが、これからの全員の課題じゃないかなと思うんですが、そこで、私はティモールの人たちに大きなヒントをいただいたんです。

彼らの恐れや命そのものとの向き合い方というのは、とても日々に表れているんですが、日々暮らす中で毎日、命に向き合っているわけですね。少し前の日本もそうだったと思いますが、食事をするにしても魚や鳥を絞めることがあったり、人がちゃんと家で亡くなって村で葬儀をあげて、葬儀も40日間とかあげ続けて一年間ずっとその儀式をして、魂が山に帰るお世話を残された家族がし続けるわけですけれども、そういった命がどこから来てどこに帰るのかということのレッスンを子どものうちからすごく深く彼らは受けているんだなと思うんですね。で、全体が連なった命である、ということが大前提として風土にしみ込んでるような感じがしました。

彼らの言葉、テトゥン語で「イタ」っていう言葉が「あなた」という意味なんですけど「イタ」っていうと同時に「私たち」っていう言葉になるんですね。そこの区別が全くないので「あなたの家は私たちの家」「あなたの子どもは私たちの子ども」「あなたの過ちは私たちの過ち」となるわけなんですね。これはティモールだけではなくて、太平洋の島々でよく見られることで、たとえばマヤ族は「インラケチ」と挨拶しますけど、それは「あなたはもう一人の私です」という意味であったり、日本でも今、標準語では使わなくても、方言では相手のこと「じぶん」って言ったり、「われ」って言ったり、前、長野ではあなたのことを「みんな」という方言があって驚きましたが、まさしく同じ精神でそうした言葉の世界でいると「あなたは私の娘を殺しました」っていう文章は「私たちは私たちの娘を殺しました」。じゃあこれからどうしていこうか、どう解決していこうかという取り組み方をするわけですよね。ですので、敵方の兵士との対話も成り立ったわけかなと思いますけれども。その境界があいまいだということを考えていて、前ちょっとおもしろい本を読んだんですけれども、『奇跡の脳』というアメリカの脳科学者が書いた本がありまして、その方は左脳の言語野に出血を起こして倒れてしまうんですが、言語野が機能しなくなるにつれて自分の身体がどこまでか境界が分からなくなったんですって。言語野というのは、適度に刺激を受けて正常に働くことで自我が確立して、他者と私の境界が明確になって社会活動が営まれる。だけれども、言語野へ刺激を受け過ぎることによって、個人主義が行き過ぎているのかもしれない。で、産業革命以降の人間の社会は、言語野の刺激に満ち過ぎているのではないだろうかとその方は書いていまして、波長の短い人工的な光であったり、単調な機械音であったり、文字の世界というものが言語野を刺激し続ける。で、逆に言語野を休ませるものは文字のない世界、波長の長い朝日や夕日、あとは、曲線を描くような波の音や音楽や、そういったものが言語野を休ませるのではないか。で、瞑想中のお坊さんの脳波を計ると言語野がとても静かになっている状態で、それは命全体が連なっていることが感じやすい状態かもしれない、とその方は書いていました。ティモールの山々の方にいると電気も来ていないですし、言語野休みっぱなしというか(笑)、文字も使わない口承文化ですから、もう、おじさんと牛が隣り合わせで一日座ってるんですが、その穏やかさといったら、どっちが牛でどっちがおじさんなのかわからないくらい。そんな世界があって、瞑想状態に入りやすい環境があるのかなと。そう思うと、子どもたちに「思いやりが大事だよ」とか、「あなたは私と一緒だよ」などと教えるのではなく、もうその土壌があったのかな、そして、もしかしたら昔の日本にそれがあったのかもしれない、と思うわけですね。で、おそらく平和というものが実現できるとしたら、それは国際法を整備するとか、社会のシステムを変えるとかそういったことではなくて、人々のそういった意識から生まれていくのかもしれない、と思うようになりました。命が連なっていること、死が忌むべきものではないこと、命と向き合っていけば自分の中に力があって答えがあることを、もう一度向き合っていくことで恐れから解放されて、やるべきことをやっていけて初めて、こうした戦争を招いてしまう経済活動も違う形になっていくのかな、ということを思います。

なにか遠い道のりのように感じますけれども、ティモールの人たちの戦いの合言葉というのが、あの壮絶な戦いで、合言葉がなんだか可愛くて、それが「ネイネイ・マイベ・ベイベイ」っていうんですけども、「ネイネイ」っていうのが「ゆっくり、優しく、少しずつ」っていう意味で、「マイベ」が「だけど」、「ベイベイ」っていうのが「いつも、いつまでも」っていう言葉なんですね。「ゆっくり優しく、だけどずっと続ける」。それは、もう、その覚悟をしてしまったら500年かかっても1000年かかっても、もうその仕事は続けるという覚悟があれば、どんな力にもそれは勝るんじゃないかなと思っています。
では、時間を少しオーバーしてしまったんですが。ありがとうございました。
 (拍手)

寺田:残念ですがお時間になりましたので、トークを終了させていただきます。『カンタ!ティモール』は昨年5月に完成し、配給を通さない自主上映会というかたちで去年5月から300箇所以上で開かれております。ただ、DVD化の予定も今のところないとのことで、で、今日映画をご覧になって、もっとお友達などに紹介したいと思われた方は、映画の公式サイトに「上映会の開き方」が非常に詳しく載っておりますので、どんどん上映の輪を広げていってほしいと思います。ここで、ささやかではありますが、しんゆり映画祭からプレゼントを贈呈したいと思います。
(シネマウマ登場)
では、拍手で監督をお見送りください。ありがとうございました。