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怒涛の夏編 Part1(2001年7月20日〜22日)

2001年7月20日(金)
我々「中山トンネルの記録」撮影準備班は、監督の私、美術の小山田千春、山形哲也の3名で山古志村へ向かった。美術班は千葉の激安量販店で購入したという工具や材料を満載し、ロケ車で移動。監督の私はそのあとを愛車のローレル(人はボローレルと呼ぶ。なにせ年式が古いのだ)で続く。
これからほぼ1ケ月にわたる長期ロケ&準備の日々が待っているのだ。
無事、過酷なロケを乗り切れるのか、一抹の不安もよぎるが、そんなことは言っていられない。気持ちを奮い立たせてハンドルを握った。

僕の車には何故かヒッチハイカーが一人乗っていた。北海道まで行くのだが途中の新潟まで乗せてくれという。聞けば今まで数々のヒッチハイクを成功させてきた猛者らしい。
ロケに行く道すがらにヒッチハイカーを乗せるというのは、あまり経験がないがどうせ自分一人だし、だいたい断れない事情があった。
自分のゼミの学生なのだ。断れるわけがない。
してやったりの彼を乗せて関越自動車道をひた走った。

ヒッチハイカーを小出町で下ろし、山古志村へ入る。17:30到着。最初の仕事は生活用品の買出しだった。なんせこれから1ケ月以上の合宿生活が待っているのである。
当座の食料(自炊が基本!)をたっぷりと買い込んだ他、自分の部屋にテーブルもないので小さな折りたたみテーブルを買った。もちろんこれは自費で・・・。

教員宿舎に着き、まずはメシの支度をする。初日のメシはスパゲッティだ。
夜空には満天の星がまたたいている。さあ、明日から忙しくなるぞ!

2001年7月21日(土)



















今日からしばらくは現場の下見やら衣装探し、つまり撮影前の基本的な準備作業が続く。今回の夏ロケの大きな目的は再現シーンをしっかり撮って帰ることだ。人手も道具も大量に必要とする再現シーンは村人の協力をお願いできる夏場に集中的に撮らないと無理である。しかも夏場なら大学生などのボランティアの人手もあてにできる。レールを敷いたり、30人近くが出る村の総会の再現シーンはじめ、とにかく今回は猫の手も借りたいほど忙しいのだ。
山形も小山田もそれぞれ手分けして美術準備に入ることにする。
村の民俗資料館の下見、村の会議を撮る廃屋の修繕、衣装の確保、小道具の準備・・・などなど。やることは山ほどある。それも撮影隊が入って来るまでの期間でおおよそのメドをつけなくてはいけない。果たして間に合うのかな・・・。
村側からは五十嵐豊さんがついてくれることになった。
「準備を怠らない映画は成功する」と、かの巨匠ビリー・ワイルダーも言っている。
あせらず一歩一歩やっていこう。

2001年7月22日(日)













 

村の会議シーンを撮影する松崎三次郎邸を見に行く。長年空き家になっていたので確かに所々痛みは激しいが、100年以上の歴史を感じさせる天井の梁は太くて立派なものだった。囲炉裏の煙で燻され、黒々としたその外観からは、人が生きた息使いが匂ってくる。幸いなことに囲炉裏も残存し、使えそうだ。問題は内部を映画の撮影に耐えうるだけのものに修復する必要があるということである。
美術の二人は現場のひとつひとつを丁寧にチェックしながら、修復プランを練っていたようだ。この状態のものをどうやって再生させていくか?
彼らが特に気にしたのは壁だった。今はベニヤが張られている所も元は土壁だったはずである。この歴史を感じさせる土壁をどうやって作るか、彼らの腕の見せ所である。
いつもは劇映画の美術をやっている二人なので記録映画の再現シーンということで若干の戸惑いもあるようだ。予算も仕事の仕方も全然違うからである。二人は腕組みしつつ、じっと壁を見つめ続けていた・・・・。

─閑話休題─

撮影隊とメシ Part2

以前、この撮影日誌で「ごはんや」のことを紹介したと思うが今回はもっと凄い定食屋があるので紹介しよう。
その名は柏崎市にある食堂「萬来」。トラックやタクシーの運ちゃんも利用するごく普通の食堂だ。少なくとも外見上は。
我々撮影隊は例によって役場の五十嵐豊氏の案内でこの食堂に行った。豊さんがどうしてもここだけは連れて行きたいと誘ってくれたのだ。
うまいもののためならたとえ柏崎だろうが関係ない。食い意地の張った我々スタッフは仕事の終了した夕方、早速この「萬来」の暖簾をくぐった。
一歩入るとそこは本当に普通の定食屋と変わらない。
年輩の老夫婦らしき人たちが厨房に立ち、壁にはたくさんのメニューが貼られている。
なんの変哲もないこの食堂になぜわざわざ豊さんは連れて来たかったのだろう?

豊さんはニャッと笑うとこう言った。
「カツカレーを頼んでください!」
「は?カツカレー」
柏崎まで来てずいぶん当たり前のものを頼むんだなと思ったが10分後、我々を想像を絶する衝撃が襲った!
「な、なんですか、これ!」
「なんですかって、カツカレーですよ。カッ、カッ、カッ・・・。」不敵に笑う豊氏。
それは生まれて初めて見るカツカレーだった。

ちなみに写真の左側はやや少なめ、右は並である。繰り返していう。右は並なのである。
じゃあ、大盛りは?豊さんの話によれば初めて来る客は絶対大盛りは頼んでも作ってもらえない。まず、並を制覇したものでないとダメなのだそうだ。
「さあ、橋本さん、食べて食べて」
豊さんはニコニコして僕らの食べるのを眺めている。(自分はオムライスを食べていた)
昼飯を少なめにして夜に備えたつもりだが、そんな努力も山古志ではいつも無駄に終わることが多い。どこの家を訪ねてもまずお茶、そして饅頭、煎餅、果物・・・・。
帰るころには腹はパンパンに張っていることすらあるからである。

ええい、ままよ!こうなったら全部食ってやる!
しかし、エベレストのように高いカツカレーの山を崩すのは容易ではない。
なんとご飯は五合使っている。五合ですよ、五合!山のように盛られた五合のメシの上に厚さ2cmのカツが立て掛けてあるといった感じが正確なのではないだろうか。
見た目ですでにやられていた感もあるが、そこは撮影隊の意地。なんとか完食して監督としてのメンツを保たねば・・と思ったがやっぱり無理だった。ごはんはすべて食べたが残念ながらカツ2枚残してのタイムアウトだった。
げにおそろしき「萬来」。厨房の奥で不敵な笑みを浮かべる大将を見ながら我々はこの汚名を晴らすべく再挑戦を固く心に誓うのであった。



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