白鳥:みなさまにご紹介いたします。東京フィルメックス映画祭・プログラムディレクターの市山尚三さんです。この『悲しみのミルク』を日本で上映するために、大変お世話になりました。

市山:今日はご来場ありがとうございます。

白鳥:市山さんは、新百合ヶ丘にある川崎市アートセンターの映画・映像事業企画・作品選定委員もしていただいています。

今、上映が終わりましたが、ご覧になった方は、きっとこの作品の迫力に圧倒されたのではないでしょうか。この映画を作ったクラウディア・リョサ監督は、まだ2本目の映画を撮ったばかりの若い女性監督です。彼女は2010年のノーベル文学賞をとったマリオ=バルガス・リョサさんに関係があるそうですね。



市山:そうです。マリオ=バルガス・リョサはラテンアメリカ文学界の文豪のひとりですが、その人の姪にあたります。つまりおじさんが有名な小説家という家系です。一族にはもうひとり、それほど有名ではないですがルイス・リョサという映画監督がいます。ハリウッドでシルベスター・スタローンの『スペシャリスト』とか、『アナコンダ』という蛇が襲ってくる映画など、ジャングルのなかのアクションを得意とする監督で、この人もクラウディア・リョサ監督のおじさんです。バルガス・リョサという作家とルイス・リョサという映画監督が従兄弟同士で、クラウディア・リョサ監督はその二人の姪にあたるということです。クラウディア・リョサ監督の両親がどういう方かはわからないのですが、少なくとも親戚筋は、ある種の芸術一家で、かなり恵まれた環境に育ったということだと思います。

白鳥:クラウディア・リョサという監督は、この映画を作ったとき、ちょうどお腹に赤ちゃんがいたようですね。

市山:そうですね。去年(2009年)に出産されたらしく、東京フィルメックスには、来られなかったのですが…。実際この作品を撮ったのは、2008年です。2009年のベルリン国際映画祭が、この映画のワールド・プレミアです。僕もそこで観たのですが、2作目にして金熊賞(グランプリ)をとりました。

白鳥:本当にすごい監督さんですね。東京フィルメックス・ディレクターの林加奈子さんとも、「お腹に赤ちゃんがいて、すごい映画を作れる人だね」と感心しあっていたのですが、実に精神力の強い方です。

さて、クラウディア・リョサ監督の経歴について伺いたいのですが。

市山:ペルーのリマ大学で、コミュニケーションを学ばれたようです。まず映画と関係ない学部に行かれて、その後、スペインのマドリッドにある芸術大学に留学され、そこではじめて映画について学ばれたようです。

僕はペルーの大学の事情はよくわからないのですが、そんなに映画産業が盛んなところではないし、映画大学があるとも思えないので、留学されたのではないかと思います。おじさんのバルガス・リョサさんは今もロンドンに住んでいます。ペルーの小説は書いているけれど、ヨーロッパにいらっしゃる方なので、彼女も、ヨーロッパとペルーを行き来する環境にあったのかもしれないですね。

白鳥:ということは、ペルーの知識階級は、どうしてもヨーロッパに行ってしまうということでしょうか?

市山:そうですね。かなり政情が不安定な国でもあるので、芸術家として仕事をするのが難しいし、映画を作ろうと思っても、映画産業がないし、政府の補助が手厚いということもないので、ヨーロッパにいるほうが、お金集めができるようですね。インタビューなどによると、この映画の場合も8割がた、スペインの出資ということです。ペルーからお金を集めるというのは不可能ですから。そういう意味もあって、ラテンアメリカの映画人は、スペインに頼っている部分が多いと思います。

白鳥:さて、ご覧になったみなさまも感じられたと思いますが、感心したのは、カメラワークがしっかりしていて素晴らしいことです。

市山:そうですね。僕は残念ながら未見ですが、監督の経歴によると、デビュー作で、『マデイヌサ』という映画を2006年に撮っています。これは東京で開催された第3回ラテンアメリカ映画祭で上映されたので、ご覧になった方もいらっしゃると思いますが、キューバのハバナ映画祭の脚本コンクールに送った脚本が受賞し、それがきっかけで監督デビュー作の『マデイヌサ』を撮ることになったそうです。これが、サンダンス映画祭で上映されたり、ロッテルダム国際映画祭で国際批評家連盟賞をもらったりと、いきなり高く評価されて、この2作目の『悲しみのミルク』につながったようです。

このように1作目が評価されていると、スペインの出資者たちもお金を出しやすいし、『悲しみのミルク』自体も、ワールドシネマ・ファンドという、ベルリン国際映画祭の第三世界の映画に対する助成金を取っています。1作目の実績でお金を集めて、この2作目を撮れたのだと思います。


白鳥:その後、この作品でベルリン国際映画祭の金熊賞をとったということなのですが、金熊賞をとった割に、日本ではどこも配給会社がつかなかったんですね。それがわたしにとっては、とてもショックでした。

市山:そうですね。川崎市アートセンターの会議でもいつも話題になるのですが、最近、いわゆるアート系の作品は公開するのが難しくなってきています。特にこの映画が上映された去年(2009年)は、いろんな素晴らしい映画が配給されないことが多く、日本の配給会社が後ろ向きになってきていると…。結局、買っても宣伝費がすごくかかる、それを単館ロードショーで公開しても、全然お金が返ってこない。いくつか倒産した配給会社もありましたね。そういった厳しい状況だったので、ベルリンで金熊賞をとっていれば、普通はその時点でいろんなところからオファーがあるはずですが、なかったようです。

東京フィルメックスとしては、我々がベルリン国際映画祭でこの作品を観てすぐに、作品のセールスをしているドイツの会社に「ぜひ上映させてほしい」と言ったら、「カンヌ国際映画祭が終わるまで待ってほしい」と言われました。カンヌ国際映画祭が終わるまで待っても、結局、配給会社が決まらないので、東京フィルメックスで上映していいですよ、ということになりました。昨年の東京フィルメックスでは、配給会社の方もご覧になっていたと思いますし、満席だったのですが、その後半年経ってもまだどこも配給が現れないという状況でした。

白鳥:それが、とても不思議でしたね。配給会社がついていれば、わたしたちは、そこに電話をすれば映画祭で上映できるんですけれど、それをお願いする配給会社がないということに衝撃を受けました。そこで、この映画をみなさんに観ていただくには、自分たちの手で配給のルートにのせるしかないと思ったんです。今日、この雨のなかを来てくださったお客様には、本当に感謝したいと思います。

さて、この映画のなかで、わたしがとても印象深かったのは、歌ですが、まずお母さんの歌が最初に出てきます。お母さんが自分の悲しい運命を歌って、その後、娘が自分の心情を折りにふれ、歌に託していく。わたしは、なんとなく瞽女の歌のようなイメージを持ったのですが、これはあの地域独特の風習と関係がありますか?

市山:クラウディア・リョサ監督がインタビューなどでその歌の話をされています。実際に風習があるかどうかまではわからないのですが、インディオの方たちは、実際にこの映画の冒頭で語られているように辛い歴史があって、ひどい仕打ちを受けています。辛いことがあるときにそれを歌にすることによって発散するというか、心のなかに秘めていることを、ただつぶやくだけでなく歌にすることによって、心を紛らわせているというような意図で主人公たちに歌わせているというお話でした。それがインディオの風習としてあるのか、監督が映画のために作ったのか、というのは聞いてみないとわからないですが。

白鳥:主人公の女優さんは実際に歌も歌える方だったと聞いていますが。



市山:そうです。僕はラテンアメリカの音楽には詳しくないのですが、主演のマガリ・ソリエルさんは、有名な歌手でもあり、クラウディア監督のデビュー作『マデイヌサ』でも主演されています。おそらくその時、映画は初主演だったのですが、この2作で評価されて、今ベルギーの監督の映画にも起用され、最近は俳優として活躍をされています。

おそらくYou Tubeで見ることができると思うのですが、彼女は、ベルリン国際映画祭の授賞式でアカペラで歌ったんですよ。これはもう感動的だったですね。僕はモニターで見たんですけれど、最初スペイン語で挨拶されて、その後、ケチュア語というインディオの言葉でわざわざ挨拶したんですね。映画の冒頭でお母さんが話していた言葉です。おそらく誰もわからないし、通訳をできないのもわかっていてそうされた。その後で、おそらくこの映画に出てきた歌をアカペラで歌って、場内スタンディングオベーションで拍手喝采になったという、とても感動的な受賞の瞬間でした。

白鳥:今の平和な日本に住んでいるわたしたちには、想像ができませんが、民族紛争というか、ゲリラの話がこの映画のバックグラウンドにあると思います。そのことについてお話ください。

市山:この映画のすごく素晴らしい点のひとつは、社会背景というか、ゲリラ戦の話が背景になっているけれど、それが一切画面には出てこないことです。画面に出てこないで、ただそれが現代の人たちに、どういう影響を及ぼすかということをじわじわ語っていく。これは素晴らしい方法ですし、逆に映像で見せるよりも恐ろしさを実感させる作りになっていると思います。

僕も詳しく知らなくて、この映画を観た後で、どういうことが起きたのか、本やインターネットで調べたりして知ったことなので、本当はもっとラテンアメリカの歴史に詳しい方が語ったほうが正確だと思うのですが、1980年代から90年代にかけてセンデロルミノソという共産主義を標榜するゲリラが、ペルーの山中、インディオたちの住む村で活動していた。政府の及ばないところで、別の国みたいな組織を作って支配していた。それに対して、ペルー軍が討伐隊を派遣した。インディオの人たちは、ゲリラからも迫害を受けるし、討伐軍からもゲリラを匿っているんじゃないかと、罪もない人たちまで含めて迫害される。本を読むと非常にいたたまれないような気持ちになってくるんですが、そういうことが、80年代から90年代にかけて行われていた。今は収まっていると言われていますが、ゲリラは壊滅していないので、まだどこかで活動しているらしいです。

そういったことがペルーの社会問題なのですが、逆に言うと、ゲリラが活動する理由は、ものすごく貧しくて、経済政策などをやっても生活が良くならないと、ゲリラのほうがましだと、ゲリラに従う農民たちがいたりするということです。日本では想像できないようなことが、20年ぐらいペルーで延々続いているということが背景にあるんですね。

もちろんそれを真正面から描くという方法もあったとは思うんですけれど。インタビューによると、クラウディア・リョサ監督は、日本では出版されてないと思うのですが、迫害されたインディオの女性の被害の実態を書いた本を読んで、この企画に至ったそうです。1年半ぐらい取材したけれど、被害にあった方たちがなかなか語ってくれなくて、調査にはかなり時間がかかったということを話しています。

この映画がなければ、僕も知らずにいたことなので、映画を観たことによって、調べてみると、こういうことが起こっていたのかとわかりました。ちょうどフジモリ大統領が90年に大統領に就任しました。日本では日系人大統領が、ペルーに誕生したということで報道され話題になっていたのですが、フジモリ政権下でこういうゲリラ活動が行われていたのに、そういう話は、少なくとも目に見える形では全く伝わってこなかった。報道は、もっと、その背景を伝えることをしなければいけないのにと思います。

白鳥:わたしも、映画を観たときに、ペルーだけでなく世界中で、こういうことが起こっているということを、日本の人は知る必要があるのではないかと思いました。加えて映画としても非常に優れているし、主演の女優さんの演技も、監督も素晴らしい。ペルーの美しい風景を背景にこの物語が描かれているということを、どうしてもみなさんに知ってもらいたいという気持ちがありました。戦闘場面などを一切入れないで、非常に悲惨な状況を、冒頭からお母さんの歌に託したというところが、この監督の並々ならぬ才能を物語っています。

こういう悲惨な民族紛争のことを考えると、日本は、円高とかいろいろ苦しい状況があっても、わたしたちはまだましな境遇にあると思わざるを得ないですね。

 

市山:悲惨な話ではあるけれどもこの映画には、希望がありますね。一番象徴的なのは、最後に芋から花が咲いているというシーンがありますし、結婚式のシーンがたくさん出てくる。その辺も、ゲリラ戦の話だけを延々とやってしまうと、いたたまれない気持ちになると思うのですが、結婚式のシーンが出てくることで、悲惨な過去を持つ人たちでも、こうやって未来に向かって、結婚して家庭を作る。それをみんなが祝いに来るということを見せているのは映画の作り方としてうまい。お客さんに悲惨な気持ちだけを与えるだけでなく、やはりこうやってみんな生きていくんだ、というところを与えているのがすごいところですね。

白鳥:本当にそうですね。主人公の恐乳病というか、一種の精神的病といったものを縦糸にして、結婚式が2度出てきますよね。どうして2度出てくるのかと思っていたら、最初のほうは彼女のおじさんの商売で、そして、お母さんのお葬式をどうしても村であげたいということが横糸になっていた。非常に精巧な織物を見るような組み立て方で、うまいなと思いましたが、脚本も監督自身で書かれたのでしょうか。

市山:そうですね、特に共同脚本家もいませんし、自分で書かれたようです。作家の姪ということもあるでしょうね。本人も、インタビューなどで「自分が監督できるとは、思っていなかった、でも書くほうは自信があった」と言っています。最初から自分が全部監督できるかはわからないけれど、脚本は書いてみたかった、ということのようでしたから、書くのは自信があったんでしょうね。

白鳥:たまたま本人の才能と、ラッキーなことが重なって、世界のひのき舞台でこの映画は陽の目をみることができたわけですが、貧しいといわれる中南米諸国の映画事情といったものをお話いただけますか?



市山:そんなに詳しいわけではないのですが、興味があっていろいろ観ています。ここ最近はすごくおもしろいです。それはなぜかというと、ひとつにはアルゼンチンなどでは映画産業があって、それらの国では最近の経済的な興隆もあり、お金が出るようになって、おもしろい映画も出てきています。
その周辺諸国のペルーやエクアドルなどでも、ブラジルはポルトガル語ですが、他は全てスペイン語で通じるところなので、いろんな国の才能とか出資者とか、元の宗主国であるスペインの製作費とかが集まって、かなりおもしろい映画が出てきています。

ただ、ペルー映画については、この『悲しみのミルク』が出てくるまでは、ほとんど観たことがないか、観ても、ただ素朴なだけであまりおもしろくなかった。今まで年間数本しか作られていなかったのが、この『悲しみのミルク』がベルリン国際映画祭でグランプリをとって、アカデミーでノミネートされて、最終選考まで残ったのがすごく話題になったこともあり、今年はペルーでも新作が増えたという話を聞きました。

カンヌ国際映画祭でも1本、『悲しみのミルク』ほどの素晴らしいで映画ではないけれど、新人監督の『10月』という、なかなかよくできたラブストーリーが上映されたり、決して社会的な映画だけじゃなく、普通のドラマでも、ヨーロッパ映画とは違ったものが出てきていますね。

白鳥:普段わたしたちは映画というと、こういう大きな劇場(シネコンなど)でアメリカのハリウッド映画などを観ることしかできないのですが、線路の向こうのアートセンターでは、できるだけいろんな国の映画を掘り起こしてみなさまにお見せしたいと思っています。

それから、この映画で気がついたことは、いわゆる階級差、貧民階級と富裕階級の極端な差ですね。主人公が、お屋敷に勤めているときに、お屋敷の門の扉が上がると、扉の向こうは貧民たちのマーケットになっていて、扉のこっち側は歩けど歩けど玄関にたどりつかないような広大なお屋敷でした。

また、歌に行き詰った音楽家の先生であるご主人が、主人公に歌をひとつ歌ってくれたら、真珠をひとつやる、というようなやりとりがあります。最後に演奏会が成功して車に乗って帰るときに、主人人公が「良かったですね」というようなことを言った途端に、ご主人様がすごく怖い顔つきになって、急に「車から降りろ!」というようなことになってしまって、わたしはとても胸が痛みました。そのあたりはどうなのでしょうか?

市山:マガリ・ソリエルさんがやっている主人公の役は、インディオの役で、映画で彼女が住んだり、結婚式をしたりしているところは、マンチャイというところで、NGOなどがサポートに行くような、すごく貧しい地域です。撮影の現場は、まさに山中のゲリラ戦から逃れてきたインディオの方たちが住み着いてできたところで、ペルーのある種の社会問題を象徴しているような場所です。そこをロケ地に選んで、しかも白人系の富裕層と対比するというのは、監督としてはかなり意図的にそういう設定を作っているんでしょうね。そのあたりも実際の事情を知らないで想像するだけですが、相当な格差があるんでしょうね。

白鳥:実は、この映画を観て思い出したことがあるのですが、ずいぶん昔に、ブラジルのリオデジャネイロにロケに行ったときに、泊まったホテルは海側だったけれど、「絶対に山のほうに行っちゃいけない」と厳しく言われました。山の上は一番景色が良いのですが、そこに貧民街があって犯罪が絶えないと。共通点を感じたのですが、貧民街は景色の良い、上へ上へとあがっていくのでしょうか?

市山:そうですね。ペルーの状況はあまりわからないのですが、映画では山のすごく険しいところに、階段ができていて、そこを昇り降りするシーンが出てきます。貧しい人たちはそういう場所に追いやられて、住みやすい場所には、富裕層が住むのかもしれませんね。

 

白鳥:もっともっとお話をしたいのですが、時間も迫っていますので、最後に、11月に開催の今年の東京フィルメックス映画祭※1について、ご紹介していただけますか?
(※1:東京フィルメックスは2010年11月終了)

市山:今年で11回目ですが、11月20日〜28日まで、有楽町マリオンにある朝日ホールとその周辺のいくつかの劇場で開催します。白鳥さんには、今年のフィルメックスのコンペティションの審査員をお願いしています。10本くらいの映画を観て審査をしていただくのですが、アクションからドラマまでいろんな映画がありますので、審査員の方々も困るんじゃないかと思っています。白鳥さんよろしくお願いします。

コンペティションは、アジアの若手監督の新作を10本ぐらい。特別招待作品は、アジア映画を中心にアジアの映画ではない作品もやります。この『悲しみのミルク』は、昨年の特別招待作品でした。あわせて新作20本ぐらいの、それほど大きい映画祭ではないのですが、厳選して全ての映画が良かったと言われるように心がけています。

白鳥:セレクトは本当に素晴らしいですよね。どれを観ても損はしない。わたしは東京国際に行かないでほとんどフィルメックスに通いつめております。

市山:『息もできない』という韓国の映画が2009年の東京フィルメックスのグランプリで、その後の劇場公開でもかなりヒットし、アートセンターでも上映しました。ユーロスペースですこし前まで上映していたイランの作品『ペルシャ猫を誰も知らない』、というイランの作品は昨年の審査員特別賞という準グランプリでした。これもどこかで観ていただければと思います。そういったアジアの若手の監督をコンペティションでやりつつ、アジアの有名監督、今年は、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』という、カンヌ映画祭でグランプリをとった作品をオープニングで上映します。

クロージングは、『オアシス』『シークレット・サンシャイン』などのイ・チャンドン監督の『詩/Poetry』という作品です。『詩/Poetry』はカンヌ映画祭で脚本賞をとったので、ちょうどカンヌで賞をとったアジアの作品をオープニングとクロージングに上映することになりました。

白鳥:それでは、みなさんのご質問も受けたいのですが、もう終わるようにサインが出ていますので、すみません。『悲しみのミルク』は、来年アートセンターで上映されますので、ぜひご覧になってください。また、こんなに素晴らしい映画を、しんゆりだけで独占するのはあまりにももったいないので、シネマ・シンジゲートというネットワークを通じて、日本中の良心的な映画館で上映されます。※2 お友達やご親戚の方にもぜひ薦めていただければと思います。
本日はどうもありがとうございました。

(※2:『悲しみのミルク』はアートセンター上映支援事業として、配給されることになりました。権利料などの一部上映経費をアートセンターとKAWASAKIしんゆり映画祭が提供し、権利と上映素材の手配をコミュニティシネマセンターが協力、東風が配給会社として参加することになり、趣旨に賛同した日本スカイウェイも出資に参加し、2011年4月2日よりユーロスペース、4月23日よりアートセンターで公開後、配給協力のコミュニティシネマセンターを通じて、シネマ・シンジゲート加盟館を中心とした全国のミニシアターで公開されます。)


市山尚三さん
(プロデューサー/東京フィルメックスプログラム・ディレクター)

1963年、山口県生まれ。1987年松竹入社、松竹富士に移籍、89年、五社英雄監督『226』にプロデューサー補として参加し、竹中直人監督『無能の人』(91)などをプロデュース。その後、松竹国際部で外国映画の買付けを行うかたわら、台湾を代表する映画作家、ホウ・シャオシェンの作品をプロデュース。並行して92年から99年まで東京国際映画祭「アジア秀作映画週間」(後に「シネマプリズム」)の作品選定を担当。98年松竹退社後、オフィ北野傘下のティ・マーク入社。サミラ・マフマルバフ、ジャ・ジャンクーなどアジアの若手監督の作品をプロデュース。2000年、アジアのインディペンデンス映画を紹介する新しい国際映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、プログラム・ディレクターを務める。