いまを生きる

坂田未希子

感動できる映画、Happyになれる映画、泣ける映画、心揺さぶられる映画・・・心に強く刻まれて忘れられない作品はいろいろある。中でも『いまを生きる』という作品は、私にとって、ある人との思い出が詰まった大切な作品である。

彼女と出会ったのは高校3年生の時。3年ともなると、ほとんどの生徒が部活を辞めて受験勉強に専念するものだが、自分には向いていないと早々に受験を放棄した私は(ただ立ち向かう根性がなかっただけなのだが)、大好きな芝居の道へ進もうと、一人、演劇部の活動を続けていた。そこへ新入部員として入ってきたのが彼女だった。2年生が一人もいなかったため、部員は私と二人の新入生の計3名。女3人、めんどくさい上下関係もな く、ごく普通の友達としてつき合っていた。特に彼女とは気が合い、部活以外で一緒に遊ぶことも多かった。

文化祭では演劇部の発表だけでは飽きたらず、友人たちを誘って「オズの魔法使い」をミュージカル仕立てで上演した。体育館の舞台ではなく教室を借り、暗幕を張って電気スタンドや懐中電灯をスポットライトにしたり、ピアノのできる友人に伴奏を頼んで歌を唄ったり、なかなか楽しい公演だった。その時も彼女は、ドロシー役の私と一緒にブリキの木こりを楽しんで演じてくれていた。

放課後に映画を見に行ったこともある。『ゴースト』を見たときはふたりで大ブーイング。世間じゃ「泣ける映画」ともっぱらの評判だったが、パトリック・スウェイジがウッチャンナンチャンのナンチャンにしか見えず、とても泣けないとふたりで笑った。『ステラ』 では号泣。ベッド・ミドラーの臭い芝居にふたりで涙した。

同じ作品で笑ったり泣いたりできることがうれしくて、彼女に映画を薦めたこともあった。『いまを生きる』が好きで、その素晴らしさを語り、とにかく泣けるから是非見てくれと力説した。あまりに私が薦めるので、彼女も見てみるといっていたが、果たして見たのだろうか。遂に彼女にその感想を聞くことはできなかった。

彼女がマンションの屋上から飛び降りたのは、新学期が始まる前日だった。

雪の降り積もる寒い日だった。訃報を知らせる電話に、受話器を握りしめたまま「なんで?」 という言葉しか出てこなかった。なんの感情もわいてこない。悲しいということすら感じ られなかった。ただただ信じられなくて、頭の中が空っぽになってしまった。涙も出ない自分がわからなくて、わざと声を出して泣いてみたらちょっぴり涙が出た。

遺影には「オズの魔法使い」の時のものが使われていた。楽しそうに笑っている。そんなことのために撮った写真ではなかったのにと思うと、とても悔しかった。遺書にはこの世の汚いものが見えてしまい、もう生きているのがいやになったというようなことが書かれていたというが、私にはよくわからなかった。

もっといろんな話をしたかった。芝居のことや映画のこと、好きな人のこと、いっぱいいっぱい話せばよかった。これから先もいい友人でいられると思っていたのに。それとも友人だと思っていたのは私だけだったのだろうか。どうして黙って逝ってしまったのだろう。死んでしまうのはずるいじゃないか。棺に釘を打ちつける音がとても悲しかった。

数日後、ふと彼女に『いまを生きる』を薦めたことを思い出した。私が是非見てくれといった作品である。それは、ロビン・ウィリアムズ演じる教師と生徒たちとの交流、恋や進路などに悩む若者の姿を描いた感動作なのだが、最後に主人公の一人が自ら命を絶つという悲しい結末があったのである。

彼女に薦めたのは間違いだったのだろうか。直接的ではないとしても、もしかしたら何かの引き金になってしまったのではないだろうか。自分が薦めたことを後悔し、しばらくそのことは誰にも話すことができなかった。

それから数年たったある日、荒井由実の『ひこうき雲』を聞く機会があった。空に憧れる女の子がひこうき雲になって空を昇ってゆく・・・聞きながら彼女のことを思い出していた。そうか、彼女も空に憧れていたのかもしれない。そう思ったらなんだか急に元気が出てきて、彼女に出会えたことをとても嬉しく思った。

今もときどき考える。あのとき薦めなければよかったのではないかと。もちろん、答えは出ない。彼女があの作品を実際に見たのかどうかさえ、今となってはわからないのだから。ただ不思議なのは、彼女にその映画を薦めた時のことをよく覚えているのである。映像として目に焼き付いているのだ。周りの風景までも。どうしてこんなにハッキリと覚えてい るのだろう。

あの年、届いた年賀状の中に彼女からのものもあった。かわいい羊の絵とともに、「今年もよろしくお願いします」と書かれていた。いったいどんな気持ちで書いていたのだろう。あれから12年。干支がぐるりとまわってしまった。今でも私には彼女の死の意味はわからなくて、『いまを生きる』は彼女の思い出とともにすばらしい作品のまま心に残ってい る。

あなたが想っていたように、確かに世の中はあの頃より悪くなったかもしれない。私自身、 この12年いいことばかりじゃなかったしね。でもね、生きていくのもそんなに悪くないよ。まだまだ驚くことや嬉しいことがいっぱいあって、世の中捨てたもんじゃないって思ってるんだ。だからね、私は今日も「いまを生きる」よ。

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