映画を観れば、得をする。
─@チェチェン・シェフィールド・ブラス編─

大西 弘幸

 

今年の3月、私が勤める日本映画学校で「チェチェンの子どもを支援する会」主催のチャリティー上映会が企画された。支援する会から提案された上映作品は、チェチェンを舞台にした貴重なロシア映画『金色の雲は宿った』(1989年)。しかし、聞いたこともない作品だ。困った。会場、映写、集客等の全面協力を打合せで約束したが、正直集客には自信がない。

「何とかしないと」の想いで、土曜上映会(本校主催の公開講座)の会員の皆様にDMを送り、しんゆり映画祭のスタッフにもメールでお知らせをした。でも、不安で仕方がない。最後の頼りは本校の学生である。しかし、春休みの時期、学校は静寂としている。そこで片っ端から電話を掛けたが、どういう作品かもうまく説明できず、「きっといい作品やて!」としか言えない自分がいる。しかも、チャリティー上映。お金のない学生を誘うのは何とも心苦しい。

そんな四苦八苦しているとき、映画狂の学生がたまたま学校に来た。ここぞとばかりに観に来るように熱く語ったが、案の定返ってくる答えは
「おもしろいの?」「聞いたこともない」「監督は?」。
うー、それらがうまく言えれば、こんなに追い込まれていないよ、何も言わずに興味を示せよ。発狂しそうだ。頼まれ上映会はもうやめよう。
しかし、ここで救いの声が。私と学生の会話を聞いていた専務理事の武重先生が学生に
「観ておけば、将来チェチェン人と出会ったとき、いろいろ話しできて、盛り上がるよ。すぐに仲良くなれるよ」
と声をかけて下さった。学生はポカンとしていた(チェチェン人に出会う?が理由だろう)が、私は大きく頷いていた。その通りである。映画が観たくなってきた、私の方が。

前説が長くなったが、武重先生の助言のように、映画狂になってからの私は映画のおかげでいっぱい得をした(誤解を生む表現で、すみません)。4年前のイギリス留学期間中は特に、映画に大変お世話になった。


大学4年の時、休学し10ヶ月間イギリスに語学留学した。まず最初の留学先に決めた街は、イングランド北中部にあるシェフィールド(ヨークシャー地方の中心都市)。『ブラス!』、『フル・モンティ』で描かれた人情味溢れる人々と、貧乏自慢のように描かれていた閑々とした炭鉱街になぜか惹かれたからだ。シェフィールドは『フル・モンティ』の舞台となった街である。

しかし、この映画好きの浅はかな選択は、語学習得を目的とする留学には失敗だったと滞在1日目に痛感させられた。ヨークシャーアクセント(ヨークシャー訛り)である。滞在はじめの1ヶ月はほとんど何を言っているのか分からない。でも、負けじと人との出会い、交流を求めて積極的に行動した。いろいろな人と話をした。映画好きと言うと、自然と話題は映画になる。盛り上がると思い『ブラス!』『フル・モンティ』の話題を振る。日本でヒットしていること、大好きな映画であること等々。しかし、相手の反応は少ない。ホストファミリーにそのことを話すと、意外な答えが返ってきた。
『いい映画だとは思うけど、あまり誇りには思っていないな。失業、不況で大変な目にあっている街だから』。

よく考えれば、『フル・モンティ』では夫の失業に苛立つ中年女性がパブの男子便所で立ち小便するし、『ブラス!』では失業に苦しむブラス団員がピエロ姿で首吊り自殺を図るシーンがある。こんな厳しい現実、社会状況で苦しんでいる当事者の人たちにただ映画を観て感動した、音楽がすばらしかった、ユーモアのセンスがいいと言っても盛り上がるはずがない。喜ばすはずが、逆に嫌な気分にさせたかも知れない。非常に考えさせられた出来事だった。映画に描かれている背景、メッセージをしっかり捉えて、話をしようと心がけるきっかけになった。

そんな時、滞在したホストファミリーがある地区のブラスバンドのコンサートが近くの教会であり、『ブラス!』が大好きな私にとっては最高の贅沢。そこで出会った地元の方との交流では、しっかりと意見を交えながら、映画『ブラス!』についてお話することができた。皆さん、街の誇りとしてブリティッシュ・ブラスバンドを温かくサポートしており、映画のようでとてもうれしい気持ちになった。この地元の人たちとは4年経つ現在も手紙での交流が続いていて、あの温かい空気を今も感じることができる。この交流が去年のしんゆり映画祭でのブラスバンド付『ブラス!』上映プログラムへの力の源になったような気がする。映画『ブラス!』と出会えたおかげだ。


シェフィールド・ハンズワース地区のブラスバンド


ここまで書いてみて、タイトルに"チェチェン・シェフィールド・ブラス編"と加えてしまいました。書いているうちに得をしたことがどんどんと溢れてきて、永遠と続きそうです(文章力の問題もありますが)。続きは続編として書いていこうと思います。第2章はシェフィールドを離れて、イングランド北西部の古都チェスターに引越してからの“得”を書きたいと思います。

最後に、前説でだらだらと書いて、ほったらかしにしてしまったチャリティー上映会は、何とか皆様のおかげで無事に終了することができ、「チェチェンの子どもを支援する会」の皆さんも満足の様子だった。学生も興味を持ってたくさん来てくれた。感謝、感謝。作品の方は、トラブルが多いとの噂があるロシア映画のフィルムを映写するということで緊張状態に陥り、私は鑑賞する余裕はなかったが、観に来て頂いた映画祭スタッフ、学生に感想を聞くとなかなかの秀作だったようだ。

つい先日、この上映会を機に交流が始まった支援する会の大富さんから連絡が入り、12月15日ぐらいから10日間程、支援している学校の視察のためにチェチェンに行くそうです。連絡を受けて、私自身もワクワクした。チェチェン人の方との出会いはまだないが、上映会を通じて、チェチェンがグッと身近に感じることができるようになった。大富さんからの報告が楽しみだ。

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